「『廃校/366.0【後日譚】』を演出する方へ」
この作品は、2007年3月9日(金)~14日(水)名古屋千種文化小劇場にて「NEVER LOSE×メガトン・ロマンチッカー」の2本立て公演として行われました。
その後の東京公演ではNEVER LOSEの単独公演として行われ、その後NEVER LOSEは集団活動を停止しました。
前日譚とセットの公演だったので解りにくいかも知れませんが、366日前に殺人事件の起こった、かつて学校だった場所が舞台です。
3/31の夜から4/1の朝までが作品の時間帯で、前日譚と共通しているのは事件の時に教師と、生徒二人と、重傷を負った教師他数名がいるという事だったと思います。
宮澤賢治の童話『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』『やまなし』などからいくつかの断片を。
そして詩からは『春と修羅』『告別』などを下敷きにした、「現在」を起点とした「追憶」と「反復」の物語です。
「追憶」とは「現在」を起点に過去を見つめる事です。
「反復」とはそれを踏まえた上で「現在」を起点に未来を見すえる事です。
主人公の男は、死んだ教師の妹に会うため、事件の会った教室へと足を運ぶ。
追憶の授業が行われる中、忘れたはずの思い出が、終わったはずの関係が、やっと動き出す。
確かそんなことを宣伝文に書いたはずです。
気をつけて欲しいのは、これはとても個人的な事柄や、関係を題材として扱っていて、僕の中では「戯曲」ではなく「台本」(テキスト)という位置付けになっていることです。
この作品は物語として沢山の欠陥を持っています。
わざと説明していない部分や、なぜか知らない人が相手の状況を了解していたりします。『銀河鉄道の夜』などにはその類いの描写が幾つか出て来ます。
ですから単純に「戯曲」の物語性を追いかけても、あまり面白くはならないかも知れませんし、意味の解らないところが沢山出て来ると思います。
僕の「台本」は全て俳優へのあて書きです。この頃の僕は、いかに素敵に俳優を魅せるかということだけにしか興味がありませんでした。
また、めんどくさい事に言葉は「東京山の手弁」と「東京下町弁」で構成されています。時々「江戸弁」も顔を出します。
なので良く解らなかったり、つまらない箇所が有ったら、他の部分と切り貼りして繋ぎ合わせコラージュしても構いません。
宮沢賢治ってなんだろうなと調べて、他の箇所を抜粋しても構いません。
久しぶりに読み直した僕でさえ、とてもよろしく無い箇所が多数有るくらいです。
とても恥ずかしいのですが、その部分も書き直さずにそのままにしてあります。
本当の本当に、どうぞ自由にこのテキストを利用して、あなたとあなたの俳優の作品にして下さい。
片山雄一(トライフル/名古屋&NEVER LOSE/東京)