朝、鉢の足もとに小さなつぼみがひとつ落ちていると、つい水差しへ手が伸びるものです。
鎌倉でフラワーデザイン教室を開いている安藤佳奈です。
水をあげる前に、ゆうべの温度と鉢のまわりの空気を見てみてください。
つぼみが落ちる原因は、水のほかにもいくつかあるからです。
暖房を使いはじめるこれからの季節は、とくに部屋の空気が変わります。
この記事では、私が確かめる順番と、残ったつぼみの守り方をお話しします。
水差しを持つ前に、知っておいてほしいこと
教室でいちばん多いご相談は、「水が足りなかったのでしょうか」という一言です。
気持ちはよくわかります。
私も胡蝶蘭と暮らしはじめた頃は、つぼみが落ちるたびに水差しを手に取っていました。
つぼみは、株の中でいちばん敏感なところ
アメリカ蘭協会の解説によると、つぼみはランの中でもっとも敏感な部分で、育つ環境の影響をすぐに受けます。
株そのものは元気なのに、つぼみだけが枯れて落ちることも珍しくありません。
胡蝶蘭は、カトレアやデンドロビウムと並んで、とくにこの症状が出やすい花として挙げられています。
葉がつやつやしているのにつぼみだけ落ちるのは、そのためです。
鉢全体がだめになったわけではないので、まずは深呼吸をひとつ。
水を最後に回す理由
水の過不足も、もちろん原因のひとつです。
乾きすぎると株はつぼみから水分を引き上げますし、水のやりすぎで根が傷んでも、同じように水を吸えなくなります。
それでも私が水を最後に回すのは、原因が冷えや風だったときに、足した水がそのまま根の負担になるからです。
冬に向かう時期は株の水の吸い方もゆるやかになります。
植え込み材を指で確かめるのは、ほんの数秒で済みます。
それなら先に部屋の様子を見ておいて、最後に鉢を触っても遅くありません。
最初に見るのは、夜の窓辺
いまの季節、私がまず疑うのは夜の冷えです。
昼間はぽかぽかしていた窓辺が、明け方にはすっかり冷えきっていることがあります。
ゆうべ、鉢のあたりは何度だったか
胡蝶蘭の温度について、生産者や公的機関が示している目安をまとめました。
見ているものが少しずつ違うので、数字の開きはそのままにしてあります。
| 温度の目安 | 意味 | 情報元 |
|---|---|---|
| 18℃以上30℃未満 | 家で育てるときに好ましい範囲 | カシマ洋ラン園 |
| 13℃以下 | 成長が止まり、つぼみが落ちたり、つかなくなったりする | カシマ洋ラン園 |
| 10℃以上 | 晩秋から春にかけて保ちたい温度 | 三重県 |
茨城の胡蝶蘭農園、カシマ洋ラン園のコラムでは、冬の夜はとくに冷えやすいので窓際から少し離すようすすめています。
三重県の管理方法のページも、晩秋から春は暖かい室内で、レースのカーテン越しの光に当てて10℃以上を保つよう案内しています。
つぼみを抱えている鉢なら、私は13℃を割らないことをひとまずの線にしています。
鉢の横に最高最低温度計をひとつ置くと、寝ている間に何度まで下がったのかがわかります。
部屋の真ん中の温度計と窓辺とでは、思いのほか差があるものです。
昼と夜で、置き場所を変える
対策はとても地味で、夜だけ鉢を部屋の内側へ移します。
胡蝶蘭農園らんぼのQ&Aでも、冬の昼間はふんわり暖かい窓際、夜はなるべく暖かな部屋の中央に置くよう書かれています。
冷え込む夜には段ボールで覆う方法も紹介されていて、これは見た目こそ素朴ですが、よく効きます。
もうひとつ見落としやすいのが、暖房を切ったあとの落差です。
アメリカ蘭協会は、冷暖房を一日の一部だけ動かすことで起きる温度の揺れも、つぼみが落ちる原因に挙げています。
寝る前に暖房を切る習慣のあるお宅では、夜の間に室温がどこまで下がるのかを一度見ておくと安心です。
次に見るのは、風と空気
夜の冷えに心当たりがなければ、鉢のまわりの空気に目を移します。
温度計には出てこない原因がここに隠れています。
暖房の風と、鉢の移動
窓のすきま風、エアコンや暖房の吹き出し、オーブンを開けたときの熱風。
つぼみのついた株は、こうした風を受けただけで落とすことがあります。
風の通り道は目に見えないので、オフィスに飾るときのお話でも触れたように、ティッシュを一枚垂らして揺れを見るのがいちばん手軽です。
ここ数日のうちに鉢を動かしていないかも、思い返してみてください。
暑い日や寒い日に車から家へ運び込んだときの温度差も、つぼみには堪えます。
いただいたばかりの鉢や、買って帰った翌日につぼみが落ちるのは、この揺れが理由のことがあります。
暖房で乾いた空気
育ちはじめのつぼみは、高い湿度を必要とします。
乾きすぎても、湿度が大きく上下しても落ちやすくなると、アメリカ蘭協会は説明しています。
カシマ洋ラン園によると、胡蝶蘭が快適に過ごせる湿度は70〜80%ほどで、不足するとつぼみが黄色くなって落ちるそうです。
暖房の入った日本の冬の部屋で、この数字を保つのはなかなか難しいものです。
私は無理に数字を追わず、次のことを続けています。
- 加湿器を使うときは、吹き出し口を鉢に向けない
- 霧吹きは葉の表と裏にかけ、つぼみにはかけない
- 濡れたつぼみをそのままにしない
つぼみに水が溜まると、菌が増えて傷む原因になります。
よかれと思っての霧吹きが、つぼみに届かないよう手元に気をつけてくださいね。
果物のかごと、煙
私自身がいちばん驚いたのが、これです。
十年ほど前、台所のカウンターに鉢を置いて、すぐ横に果物のかごを並べていた時期がありました。
朝の光がきれいな場所で気に入っていたのですが、その冬はつぼみがぽろぽろと落ちました。
熟していく果物はエチレンというガスを出します。
アメリカ蘭協会は、このガスがつぼみを落としたり、咲いた花を傷めたりすると説明しています。
つぼみを傷める空気は、果物のまわりだけにあるわけではありません。
- 熟していく果物
- 不完全燃焼したガスコンロやストーブ
- たばこや葉巻の煙
- 車の排気ガス
- 塗料などの強いにおい
あの冬の原因がガスだったと言い切ることはできませんが、かごを離してからは、同じ落ち方を見ていません。
台所や玄関に飾っている方は、一度まわりを見渡してみてください。
最後に、水と虫を確かめる
ここまで見て思い当たることがなければ、ようやく鉢を触る番です。
指で植え込み材に触れる
水苔やバークに指を入れて、乾き具合を確かめます。
カシマ洋ラン園は、完全に乾いているのを確かめてから、鉢底から流れるほどの水を与え、受け皿の水はすぐ捨てるようすすめています。
じっとり湿っているなら、足さずに待ちます。
反対に、からからに乾いていて、つぼみが黄色くしわしわになっていたら、水切れが疑わしいところです。
らんぼのQ&Aでも、この変色やしわは乾燥や水切れで出る症状とされています。
このときは素直に水をあげてください。
水の与え方は水やりのコツをまとめた記事に書いています。
冷たい水は株を驚かせてしまうので、冬は汲み置いて室温に近づけたものを使います。
つぼみのすき間をのぞく
環境にも水にも覚えがないときは、虫を疑います。
アブラムシやアザミウマはつぼみの汁を吸うので、つぼみが育たず落ちたり、傷んだまま咲いたりします。
カシマ洋ラン園は、普段は水苔にいるコナダニがつぼみに入り込むと、黄色くなって落ちると紹介しています。
茎の先やつぼみの付け根を、明るいところでよく見てみてください。
虫が見つかったら、蘭に使える薬をお店で相談し、ラベルの使い方に沿って対処します。
落ちたあとの鉢と、どう付き合うか
原因の見当がついたら、残ったつぼみのほうへ気持ちを向けましょう。
思い当たることから絞り込む
ここまでの話を表にしました。
原因がひとつとは限らないので、当てはまるものを上から順に試してみてください。
| 思い当たること | 疑うもの | まずすること |
|---|---|---|
| 急に冷え込んだ、窓辺に置いたまま | 夜の冷え | 夜だけ部屋の内側へ移す |
| 寝る前に暖房を切っている | 温度の揺れ | 夜の室温を測り、覆いを足す |
| 吹き出しや玄関の近くにある | 風 | ティッシュで確かめて場所を変える |
| 買った、いただいた、動かした直後 | 移動の温度差 | しばらく場所を変えず見守る |
| 果物、コンロ、喫煙の近くにある | エチレンや煙 | 離れた場所へ移す |
| つぼみが黄色くしわしわ、鉢が乾いている | 水切れ、乾燥 | 水をあげ、葉に霧吹きをする |
| 植え込み材がいつも湿っている | 根の傷み | 水を止めて乾かす |
| 茎やつぼみがべたつく、虫がいる | 害虫 | 虫を取り除き、薬を相談する |
変色したつぼみは、摘んであげる
らんぼのQ&Aには、一度変色やしわの出たつぼみはもとに戻らないので摘み取るよう書かれています。
もったいなく感じるのですが、私も黄色くなったものは早めに外しています。
そのぶん、先のつぼみをゆっくり見守ることにしています。
株まで諦めなくて大丈夫
落ちた花やつぼみは戻りません。
それでも、冷暖房の影響で落ちた場合は株自体が元気なことが多く、気長に育てればまたつぼみがつくことも多いと、らんぼは伝えています。
私の手元でも、ひと冬つぼみを落とした鉢が、翌々年の春にきちんと咲いたことがありました。
ただ、アメリカ蘭協会によると、環境を整えても毎回つぼみを落とす株がまれにあり、遺伝的な理由も考えられるそうです。
何年も手を尽くして同じことが続くなら、その鉢のせいにしてあげてもいいと私は思います。
ご自分を責めるのは、そこで終わりにしてくださいね。
まとめ
つぼみが落ちた朝は、水差しを持つ前に、夜の窓辺、風と空気、果物や煙のある場所の順に見ていきます。
水と虫を確かめるのは、そのあとで十分です。
どれも鉢を少し動かすか、指で触れるくらいで確かめられます。
いまの季節は暖房を使いはじめ、朝晩の冷え込みも増えてきます。
今夜、鉢の横に温度計をひとつ置くところから始めてみてください。
これが、今日の小さな気づきです。
落ちたひとつのつぼみは、部屋のどこかが少し寒かったり乾いていたりすることを教えてくれていたのかもしれません。
残ったつぼみがひらく朝を、ゆっくり待ちましょうね。